安徳天皇は、御年わずか五歳の生涯をお果てになったと歴史には記述されております。
    一方で、官女の按察使局に守られて筑後に潜幸されたとの言い伝えが久留米にあります。

    平氏の旧臣藤原種継(ふじわらのたねつぐ)が豪族として筑後におり、娘に玉江(たまえ)姫というまことに美しい娘がおりました。

    玉江姫は安徳天皇に仕え、その忍ぶる御座所は筑後川畔の鷺野ヶ原千寿院というお寺で、境内には清水のいげた井桁(*)に寄り添って椿の花が咲き、清水に映えてとても優雅な風情を漂わせておりました。

    ある日、天皇は、椿の花はいつの世もやさしく愛でて映え、井桁はその愛をとこしえに深く育んでゆくと言われているがいかがなものよ、と玉江姫への想いを秘めて仰せられました。

    こうして、安徳天皇と玉江姫の恋物語の由縁から、椿の花が神紋となりました。

    なお、玉江姫は、天皇の皇子をお産みになられたそうですが、筑後の伝説では、安徳天皇は二十七歳で崩御され、玉江姫はその霊を弔って生涯を終えたとのことでございます。

      ※井桁 井戸の上部の縁を木で「井」の字の形に四角に組んだもの


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