天御中主大神 (あめのみなかぬしのおおかみ)
そもそも遠い昔のこと、誰もその形を知らない宇宙のはじまり。
天と地も渾沌としていた時に、高天原と呼ばれる天のもっとも高い所に現れた神様が、天御中主大神であります。
日本の神々の祖先神であり、水天宮の安産祈願、子授けなどに広大無辺なご神徳をあわされます。
安徳天皇 (あんとくてんのう)
第八十代天皇の高倉天皇と建礼門院の皇子として、
治承2(1178)年にお生まれになりました。 生後まもなく皇太子となり、数え三歳にして第八十一代天皇に即位されました。
祖父、平清盛の死後は、源氏方に追われて各地を転々とし、一時は、福岡太宰府まで落ちのびられました。
寿永4(1185)年、八歳の砌(みぎり)、祖母二位の尼に抱かれ、壇ノ浦の海中にその身を投げられました。
建礼門院 (けんれいもんいん)
父清盛と母時子(二位の尼)の二女としてお生まれになり、御名は平徳子でありました。
十八歳で高倉天皇の中宮となられました。建礼門院とは、安徳天皇を生んでしばらくしてからの院号であります。
壇ノ浦の合戦で、安徳天皇を追って入水されましたが、源氏方に海中から引き上げられました。
京の長楽寺で剃髪した後、余生を大原の寂光院で過ごされ、ひたすら平家一門の菩提を弔い、五十九歳のご生涯を閉じられたといわれます。
二位の尼 (にいのあま)
平清盛の正室で、御名を時子と申されます。
清盛の死後出家し、天皇が授ける高位の位階、従二位に叙せられたので、二位の尼と呼ばれます。孫の安徳天皇と京から西へ逃れ、壇ノ浦にて入水されました。
